Is 'Pantry Cooking' a Lie Now? How a $20 Cookbook Made Me Spend $90 on Harissa
「常備菜料理」って今やウソですよね? 20ドルの料理本がなぜか90ドル分のハリッサを買わせた話

slate.com
Alison Roman’s new cookbook, Something From Nothing, promises magic pantry meals with ingredients you supposedly already have. But let’s be real: when your ‘pantry’ includes fresh dill, leeks, and a half-cup of harissa, you’re not cooking broke—you’re flexing your Whole Foods budget.
アリソン・ローマンの新しい料理本『なにもないからなにかを』は、家にあるものだけで魔法のような料理ができると謳っている。だが正直に言おう。もしあなたの「常備庫」に生のディルやラクレット、ハーフカップのハリッサがあるなら、それは貧乏ごっこではなく、ホールフーズの予算を見せびらかしているだけだ。
True pantry cooking is born from chaos: wilted greens, half-used cans, and the desperate ‘what can I do with these sad lentils?’ energy. Roman’s recipes are delicious, yes—but they require a fully stocked gourmet fridge. So is this pantry cooking, or just a well-marketed version of regular cooking?
本当の常備菜料理は混沌の中から生まれる。しおれた野菜、半分だけ使った缶詰、そして『この寂しいレンズ豆で一体何ができるんだ?』という絶望的な気持ちがそこにはある。ローマンのレシピは確かに美味しい。だが、彼女の料理に必要なのは、隅々まで高級食材が詰まった冷蔵庫だ。これは本当に『常備菜料理』なのか? それとも、ただマーケティングされた普通の料理なのか?
昔の寮生活時代、『常備菜料理』ってのは、冷凍庫に残ったパンにピーナツバターを塗って、フライパンで温めるだけのことだった。新鮮なハーブもなければ、『キャラメリゼしたシャロット』なんてものもない。ただのサバイバルだ。今やそれが『美学』? とてもじゃないが認められない。
その発想は的外れです。今の『常備庫』とは、整理された冷凍庫、野菜室、棚のことです。貧困についてではなく、柔軟性についての話なんですよ。ローマンは、セロリがしおれる前に使い切る手助けをしているだけで、ケチャップをトーストに乗せる生活とは別物です。
柔軟性? 実際は『買える余裕』の問題だよ。ハリッサやラブネを毎回買いに行かないといけないなら、私の常備庫はもはやホールフーズのギフトカードと変わらない。
当然、本物の常備菜料理じゃないよ。本当に流行っているのは『憧れのミニマリズム料理』だ。実際は週120ドルも農産物市場で払わせるような、『シンプルさ』を販売しているだけ。
ねえ、私も家にあるものを使いたい気持ちはよくわかるよ。でも、キャapersや保存レモン、カラブリア唐辛子を『いつか使うかも』って理由で常備してるんなら、本当に無駄を減らせているの? それとも、ただ末日論者のように貯め込んでいるだけ?
言葉は進化するものだ。『常備庫』は昔、文字通りの物入れ部屋を意味していた。だが今、それは『自分が持っているもので何を創造的に変化させられるか?』というマインドセットだ。不足よりも、意図的さが重視されている。
最高の常備菜料理は、本物の節約と想像力の融合だ。だが、その『創造性』に輸入された保存レモンが必要なら、目的を見失っている。